POLALIFE SPECIAL POLALIFE GALLERY STORE
SPECIAL
interspace
tri 過去の特集記事一覧
interspace
tri メンバー登録
tri メンバーページ
tri About POLASTYLE
SPECIAL

Interview with Peter Carcia.
「魔法のカメラ」と言われたポラロイドカメラの魅力を探る。
Factory 今回の特集はズバリ「ポラロイドカメラの魅力を探る」です。年末年始に行われたアンケートで、あらためて多くの方がポラロイドカメラというプロダクトそのものに高い関心を頂いていることを実感。
そこで助っ人として、“魔法のカメラ”SX-70 の開発チーム、シニアエンジニアであった、米ポラロイドの Peter Carcia 氏 (技術者の誇りが染みこんだカッコイイ男でした!) にお話を伺いました。
教えてピーター!SX-70開発メンバーに聞くポラロイド今昔物語
Peter Carcia Peter (以下、P)「開発当時のデザインフォームは、折り畳み式ではなく、ちょうど畳んだ状態を縦にした様なものだったんだ」と、開口一番彼が語ってくれたのは SX-70 独特の外観についてのハナシ。
P「実際に上部からフィルムを差し込み、反転ミラーを使って正面から露光させるシステムを開発していたが、我々はある“理由”から、現在の折り畳み式を採用したんだ。…それは、ランド博士が常に気を傾けていた“コンパクトでエレガントなデザインであること”」

1960 年代当時、すでにポラロイド社はピールアパート (剥離) 方式といわれる“撮影後、その場でスグに見ることができる”フィルムとカメラを開発していましたが、全自動で簡単な処理のインテグラル (自己現像) 方式の研究は困難を極めていたそうです。
SX-70 の開発チームのエンジニアは 75 名にもなり、このインテグラル方式の研究はアタマを悩ませた課題だったとのこと! (おかげさまでいま大活躍してます)

P「そして、もうひとつアタマを悩ませた課題は、一眼レフ (撮影被写体の調節をファインダーで確認できる) カメラ以外のものを作るつもりは無かったということだ」
SX-70 の実験機は何台もつくられ、デザインと機能性の両立に、エンジニア達は次々と画期的なアイデアを出し合い、その甲斐あって実用化の兆しが見え、発売予定の 1970 年に遅れること 2 年、1972 年に市場に現れた。
Head Office
※右写真:1970 年代当時のマサチューセッツ州ケンブリッジに所在していた米ポラロイド本社ビル
interspace
ポラロイドの生みの親・ランド博士が生涯研究者だった理由。
Dr. Land では、そのランド博士はどんな人物だったのでしょうか?
P「彼の製品開発の信念にあったのは、写真そのもののこだわりだった。それはアメリカ・ボストンの工場に行けば、きっとわかるだろう」
ランド博士は、1909〜1991 年までの 82 年の生涯の中で、エジソンに次いで世界 2位の 535 もの特許を取得! もちろん、現在のポラロイドカメラに活かされている技術は多いのです。

P「彼は晩年まで、ポケットに入れて持ち歩ける程のサイズで、撮って待つことなく一瞬でも早く見られるカメラをイメージしていました。また、現在の 690SLR のソナーオートフォーカス+ストロボのシステムは当時から話していた」
ランド博士、カッコ良すぎです。
※左写真:エドウィン・H・ランド博士
後ろの建物はグラハム・ベルが 1876 年 3 月に電話機を発明した工場
interspace458
SX-70こぼれ話
SX-70 の特徴は、その独特の折り畳み式 & 一眼レフという構造が、外観の絶妙なデザインにあらわれている点ですが、奇跡ともいえる技術革新を起こして、多くの問題を乗り越えてきました。ココで Peter が語ってくれたこぼれ話を一部ご紹介。
現像写真の排出口である正面パネルの可動技術は、オリジナルの特許。
アルミニウムのケミカルをプラスチック素材のボディに貼り付ける技術は SX-70 が初めて採用。
10inch (25.4cm) までもの接写ができるカメラとして発売されたのは。民生用としては世界初。
初期生産分は、目測でのピント合わせが困難であったため、生産 8 ヶ月後のものから、ファインダー中央にピント合わせの出来る機構 (円状のサイン) を採用。
SX-70
interspace458
今回はマジメに、インタビューとアンケート結果を続いてご紹介。(1/2)
tri次のページへ
Top
| 利用規約 | Privacy Policy | Copyright